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日本宣教は「仏教対策」で半分は解決

畠山 義則

2019年6月1日

 日本人は、仏教で葬儀をする人が約8割 [YAHOO 知恵袋 検索]。 この中で仏教をしっかり信じてやる方は、おそらく半分以下(個人的想像)でしょう。このような日本人に伝道する場合、どのようなことに気をつけて伝道すれば良いか、を考えて見たいと思います。

 日本人は伝道されると、次のような方々がいるでしょう。

 (1)問題なく聞く人   (2)あからさまに拒否(又は無関心)  (3)自分の家(又は個人)が仏教

    だから難しい(宗教というより家系の問題)

​ そこで、キリスト教は、仏教と対立するか、という問題を考えて見ましょう。

キリスト教は絶対者なる神がいる。それに対し、仏教はそのような考えはないようです。しかし、偶像礼拝的な部分があれば、対立すると言えましょう。現実的な行為として、

 (1)仏壇にものを供える (2)お墓参り (3)葬儀

これらが、何を意味してやるかで、キリスト教と対立するかはっきりすることでしょう。

 これらの行為は、聖書の神に反する、というより「亡くなった方を思い出す」というのが実態のように感じられます。亡くなった方を思い出すこと。これは悪いことではありませんが、死に関して、解決はしていません。

 ここで「キリスト教」と「仏教」の違いを簡単に整理して見ましょう。

 (1)キリスト教は天地創造の神がいて、神の計画のうちに新天新地が最終

 (2)仏教は、絶対者なる神はいない。死後のことは、宗派によって異なる

 

■最後に私が考えたこと

1.仏教は、気をつけないといけない部分はあるが、仏教のままでイエスを信じても問題なさそうです。

2.仏教のままでイエスを信じることで、問題があるとすれば「偶像礼拝的」なところ(仏壇、墓参りな

  ど)単に、「自分の先祖を思い出す」という趣旨であれば問題ないでしょう。

3.キリスト教は宗教か

  宗教に入れたことが間違いで「キリスト教」は唯一の真理なのです。天地創造は、キリスト教しかな

  い。(ユダヤ教は、この件[旧約聖書]に関して共通)

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▼身近な体験

 私の兄はミッションスクールの大学をでて、新潟で教師になりました。若い時、越後(佐渡以外)を何校か経験し、後半は出身の佐渡の高校の教師になりました。

 この頃、スイスの宣教師に出逢い、更に日本人牧師にも出会い、教会にも通うようになりました。一緒に生活したことはないので細かくは不明ですが、2001年に受洗決心をし、洗礼を受けました。家の仏教のことも、そうとう悩んだはず(長男です)ですが、直接聞く機会はありませんでした。

 大学卒業後、約40年経って洗礼を受けました。「家の仏教の問題」と「自分の信仰」を両方考え、信仰が勝ったと言えるのでしょう。もっと長生きして、機会があればいろいろ聞きたいこともあったのですが、2008年に召天してしまいました。(73歳)

75−45−15

                                                   星野 隆三

​                                      2019年5月28日

75歳になって・・・

 気づいたことのひとつは、体力の衰えです。それは生物学的な衰えであると、認めざるを得ないと思うようになりました。そこで・・・散歩やスクワットなど、運動で身体を鍛えようとするのですが、 そもそもそれを続けようという気力に欠ける、というわけです。

   ところが・・・妻はこまめにプチ体操。私は感心することしきりです!

   そうこうする内に、昨今話題の高齢者自動車事故も、なにか納得できるようになりました。しかし私の場合、車の運転だけは何とか続けたい!と頑張ってしまうのです。

45は、45歳のことです。

 大学生時代に、恩師の一人から聞いた話です。45歳になったら、それまでの人生を振り返ったらよい。そしてその時に、「これで良かったのだ!」と思えるようにこれからの人生を歩んで行きなさい、と。

 さらに、働くようになったら給料がだまっていても毎月入ってくる。これには注意しなさい、とも言われました。何故なら、これがマンネリになったときが怖い!のだと。

​ 因みに・・・私はこの歳にトヨタ自動車から東京造形大学に転籍しました。

15は、15歳のことです。

 私は、7歳まで東京。その後は、ほぼ7年ごとに引っ越してきた人生です。15歳の時は、それまで住んでいた埼玉県熊谷市から東京品川区の中学校に転入して、今でいういじめらしき事を体験。そんな困難を体験した時期でした。

 人生には転機があり、私の場合は15歳−45歳−75歳にそれを感じた次第です。

私がキリスト信仰を持ったのは29歳のときでしたが、これは人生最大の素晴らしい転機でした。

天国へのテイキング・オフ

                                         島田治夫

                                                                                                                                           2019年3月20日 

 「カレブの会」ホームページのトップページに、命名の由来と活動の趣旨が記載されておりますが、今年から、上級コース(?)が開設され、そろそろ天国へのテイキング・オフの講習も用意されるようで嬉しく思います。

 何時の統計か忘れましたが、男は87歳の死亡者が最多であると書いてありました。

トラは死んで皮を残すのですが、我々は何を残すのでしょうか? キリストの香りを残したいものですね!!

 80代は遊行期(?)になるのか、誕生日も素直に喜べるようになりました。我々の本籍地・天国は近いのですから・・・

                 三浦雄一郎氏の後を追って

                                                                                  平野 誠

                                                                                                                                 2019年3月6日

  私は今83歳、いわゆる「後期高齢者」である。しかし現役の編集者である私にとって、この言葉は違和感がある。

約60年にわたり多くの方々の自費出版のお手伝いをして、その方々の生き方から沢山の祝福を頂いた身としては、「光輝幸齢者」が相応しいと信じている。

 今、目標とし、師と仰ぐ人は「人生はいつも今から」をスローガンにしておられる86歳になるプロスキーヤーの三浦雄一郎氏だ。アコンカグアへの登頂はドクターストップで断念されたそうだが、90歳になったらもう一度アルプスへの登頂に挑戦されるつもりだと言われる。頂上に立たれた時、その姿は光り輝くであろうと想像すると、何という幸いな人生かと思う。

 私もこれまでにアルプスほど高くはないが、目の前にそびえる山々を次々に征服して来た。 そして私にとっての最高峰は、100歳の頂上だ。三浦さんの姿を思い描きながら、光輝幸齢者の後輩として編集者の道を歩み続けたいと願っている。